平成のマルコポーロ 芦原伸の「シルクロード鉄道紀」 トップに戻る

法隆寺、夢殿は大モンゴル帝国の遺産だった?!

9/15(火) 奈良

 とうとう奈良に着いた。博多から京都まで660km、新幹線でわずか2時間50分。京都駅から奈良へは近鉄特急で30分の速さだ。さすが「鉄道王国・日本」である。この距離を移動するのに海外ならば夜行列車で一晩はかかるだろう。時速300km、分刻みで運行する日本の高速鉄道は世界の最先端をいっている。この素晴らしい新幹線システムを中国や中央アジア、イラン、トルコに輸出すればどうだろうか? もし新幹線がシルクロードを横断すれば、わずか66時間で京都とローマを結ぶことになる。車やバイクの日本名はすでに知られているが、鉄道の日本はまだ多くは知られていない。円高不況の特効薬になるのではないか? ただし、日本人のように几帳面で、気の細かな人材が彼地にいるか、どうかが問題だろう。一人の人間が一つのことしかできない(やらない?)彼地では、せっかく新幹線を輸出しても運営が難しいかもしれない。いっそのこと退職したJRのOBを同時に"輸出"すればいいかもしれない。日本人の寿命は世界一といわれているから、退職後も10年くらいは十分に働けるだろう。

 さて、東大寺、薬師寺、唐招提寺、法隆寺と、"奈良には古き仏たち"を見に行った。日本の仏たちの素晴らしさに改めて感動した。表情や仕草、衣装のデザインなど、今の中国や韓国に残る仏像と比較したら、はるかに優れている。中国、韓国の仏像が玩具としたら、日本の仏はみな芸術品である。もちろん中国は文革で多くの仏像が破壊されたが、それをおいても日本の仏像は傑出している。当初は百済から仏師が渡り、仏像作りを伝えたという。その技法を習得して、日本独自の仏像は作られた。
 思えば、奈良は日本で最初の国際都市だった。大陸文化がもたらされ、建築や音楽、文学が花咲いた。壁画に描かれた飛天や鐘楼の唐草模様など多くの古寺にはシルクロードの面影が色濃く残っている。

 

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法隆寺の夢殿を訪れて、懐かしい風景だ、と思った。八角形の吹き抜けの建物は北京の天壇と似ているではないか。天壇は元時代に北京で作られた宮殿で、その形は巨大なゲル(モンゴル人のテント)に似ている。夢殿という名も元の代々の王が天空を望み、夢見たという天壇に通う創意があるではないか。
 
 かつて江上波夫氏の「騎馬民族王朝征服説」が話題を呼んだ。大和朝廷を作ったのは、旧満州(中国東北部)にいた騎馬民族で、5世紀に大阪平野に進出し、大和盆地の豪族と共同して大和朝廷を作ったという説である。江上氏によれば、5世紀頃の日本では大きな変化があり、ズボンの着用や墳墓、装飾など遊牧民族の文化が突如現れたとしている。聖徳太子の肖像は騎馬民族系の顔だ、という説もある。とすれば、夢殿もまた、天空をも支配しようとした大モンゴル帝国の遺産だったのかもしれない。

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