平成のマルコポーロ 芦原伸の「シルクロード鉄道紀」 トップに戻る

北京にて、騎馬民族のルーツを知る

9/6(日)

 北京までは夜行列車で行った。本来は中国の国造りの基となった中原の大平原を眺めながら北京へと向かいたかった。しかし、洛陽―北京間は昼行特急が1日2本しかなく、始発が成都、ウルムチとともに遠隔地なので、きっぷの入手が困難なのだ。中国鉄道のきっぷの入手法は驚くべき複雑で、優等列車、ことにファーストクラスに関しては、地元の始発列車しか基本的に取れない。この事情に関しては本誌連載で詳しく述べたいと思っている。

 さて、わがK?270号は洛陽が始発。20時21分発で、北京には朝の6時57分に着く。新型空調装備の車両で、軟臥車(A寝台)はきわめて快適。食堂車で寝酒の白酒(なんと50度!)を飲み、コンパートメントのべッドに入り、うとうととしていたら、北京西駅に着いてしまった。ちょっと早いな、と思ったら、定刻の1時間も前の5時50分!だった。(こんなこと日本ではありえないよ)

 北京でのシルクロードの痕跡は、モンゴルの"元"時代の遺産である。となると、スルーガイドのBB氏の出番である。BB氏はウルムチ在住の中国籍のモンゴル人だ。彼の体には今もチンギス・カーンの末裔の血が流れているようで、夜な夜な酒が入ると、天下国家の激論がかまびすしい。
 ユーラシア大陸のほとんどを支配した大モンゴルの時代はとっくに終わっているというのに、いまだに中世の"黄金の日々"は彼の脳裏で羽ばたいているのである。
 北京では、大都(今の北京の基)の遺跡を公園にした元大都遺跡公園(フビライがヒキガエルのような顔をしている)、ラマ教の大寺院の雍和宮(ようわきゅう)、ネパール様式の仏舎利塔のある白塔寺、モンゴル料理のレストランが並ぶ旧モンゴル人街と1日中歩いた。

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(写真 天壇)
 なかでも印象的だったのは世界遺産ともなっている「天壇」である。 元の時代に作られた王宮は、まるでゲル(モンゴル遊牧民の家)を模した円形の建物で、なかは吹き抜けとなっており、天井から降る星々を眺め、歴代の王は宇宙と語らったという。
 ふと思ったのは、聖徳太子を祭る法隆寺の夢殿も同じような円形の建物だったのではなかったか? 故江川波夫先生の"日本人・騎馬民族説"が懐かしく思い出された。日本人のルーツはモンゴル高原の騎馬民族だった、という説である。聖徳太子の顔も騎馬民族系、という推論だった。
 もうとっくに消滅した学説のように思うが、天壇を眺めていると、とても新鮮な気分になった。実は聖徳太子も夢殿で見果てぬ宇宙と語らっていたのかもしれない。

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