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3年前の"あの人"には、会えなかった

8/28(金)敦煌
 
 8月28日、やっと敦煌に着いた。
ここも懐かしい町である。3年前に来た時に比べると、埃っぽさはなく、清々しい緑の並木が美しい。
 
 翌日、ぼくの中で恒例になっている"莫高屈詣で"へ。ここも以前より整備され、周辺は美しい公園になっていた。日本語ガイドに案内されて、10屈くらい見学した。いつも感動するのは、1000年以上も前に、人里離れた洞窟で、幾多の僧たちが洞窟を掘り続け、仏の姿を描き続けた根性だ。
 装飾はかなり退色しているが、極楽浄土を願う人々の時代々々の思いのようなものが伝わって、いつの世も来世を願う人の気持ちは変わらないのだ、と実感した。近代哲学以来、ぼくらは来世など信じていないが、それまでは(いや今もだろう)、人々は長らく極楽(天国)への道を願い続けてきたのだ。キリスト教もイスラム教も、仏教もみな同じ思想だ。来世を信じられなくなったのは、つい200年来の無神論者(ニヒリスト)で、世界でも日本人が一番多いかもしれないな、などと思う。
 現世の苦難は時代を経るごとに薄れてきたように思うが、ついこの前までは戦争があり、原爆のような生き地獄があり、今も世界のどこかで生死のきわをさまよっている人々がいることを思うと、薄暗い洞窟の1000年の微笑みの意味が少しは分かるような気がする。
 
 鳴砂山、月牙泉、玉門関、陽関など敦煌の名所を一通り見て、夕食は夜市へ。
夜市とは夜のバザールで、屋台の飲食店が集まるところだ。敦煌の夜市で面白いのが、「名喫広場」なる屋台のコーナー。それぞれにママさん?がいて、客の接待をしてくれるのだ(料理はほかの専門屋台が出前してくれる)。ここで売っているのは酒の類で、いわば「屋台飲食クラブ」のようなもの。それが50店舗ほどズラリと並んでいるから銀座も顔負けなのである。

20090828_tonkou.jpg
(写真 敦煌の夜市)
 実は3年前に作家の椎名誠さんとそこへゆき、NO37の屋台クラブで酒を飲み、中年の美しいママさんに接待されたことがあったのだ。その時、あのシイナ氏よりぼくの方がモテてしまったのである。筋肉がしまって、長身で日に焼けたシイナ氏よりも"短躯出腹"の当方ではどうみても分が悪い。ところがママはぼくのほうばかり接待に励んで、意気投合したのである。
 3年前の甘い体験を期待して、名喫広場を歩いたのだが、広場はすっかり模様変えして、若い女性ばかり。きけば去年から店主は35歳以下の女性に制限されたとか(経営は敦煌市がしている)。
しかたなく若いママ?の店に座り、思い出話をひとしきりして、前回のモテた理由をきいたら、
「耳たぶが大きくてお腹が出ているからお金持ちに見えたからでしょ!ジーパンにTシャツのその方は労働者だと思われたのよ」
といともカンタンに一蹴された。
 
 そうか、やはり金だったか?
 
 中国人の「金次第」、「見てくれ判断」は今も昔も変わってないようだ。

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