イスタンブールの街をムスリムと歩いた
7/28(木) イスタンブール
ラマダン(断食月)が近い。今年は8月20日頃から1カ月がラマダンになるようだ。イスタンブールのガイドのエリキンさんは熱心なムスリム(イスラム教徒)で、毎回のお祈りを欠かさない。ガイドの途中でも「昼のお祈りに行ってきます」とか言って、消えてしまう。
どうやら近くのモスクにゆくようである。全トルコにモスクは70,000あるという。
ビザンチン帝国が崩壊して以来、イスタンブールは
回教徒の街になった。キリスト教の聖堂も改修されて、今は皆モスクになっている。
朝はアザーン(祈りの呼びかけ)ではじまり、夕方はふたたびアザーンの声をきいて一日が終わる。ゆるゆると立ち昇るようなアザーンの声がするたびにエリキンさんは忙しい。
お祈りは一日5回。日の出、昼2回、日没、夜と、30分から1時間くらいかけて、アッラーの神にひざまずく。アッラーはすべて支配しており、人の生き方や寿命も決めている。生きるも死ぬもすべては「アッラーのおぼし召し」なのだ。天国にゆくために人は善行を施す。アッラーのためには命さえ惜しまない。戦死すれば、天国行きは保障されている。
エリキンさんと二、三日、付き合ったが、彼の立ち回りを見ていると、生き方よりも死に方を考えているようで、死ぬ前にどれだけの善行をなしとげられるかが、一番のテーマのようだ。
「ボーナスを貯めるのと同じです。一日少しずつ貯めておけば、アッラーはちゃんと見てくれている」
善行とはお祈りを欠かさないこと、コーランの教えを守ることで、美食や趣味の楽しみとは無縁である。
清廉潔白、無欲恬淡な人か、と思っていたら、請求書には、使っていない車代、覚えのない飲食代、交通費の上乗せなどが入っていた。
どうやらアッラーは異教徒からは利用できるだけ、しぼり取れ、と教えているようである。イスラーム主義となかなか世界が協調できないのは、こうした背景があるのかもしれない。









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