No.235 「村木」事件について
他誌が故意にか、それともほんとに忘れているのか判らないが、
今週号のこの記事の見出しで貴誌を購入。
最初にこのニュースを聞いた時に、
多少とも役人の世界を知っている者(もっとも財務と農水だけだが)として、
村木「課長」の決済レベルではありえない
(通常は班長レベル)からこれはおかしいと思い続けてきたが、
ようやく裏のカラクリが理解できた。
倉沢の自己保存欲を差し引いても
この記事の内容の真実性が揺らぐことはないだろう。
本日、「特捜検察の闇」(魚住昭)を読み直してみたが
特捜の捜査能力の劣化がこの10年間ぐらいの間に
猛烈に進んでいるとしか考えられないのだが、
捜査権と起訴権を併せ持つ特捜の強大な権力について、
検事連中がどこまで真剣にかつ謙虚に考えているのだろうか、はなはだしく疑問。
角栄事件の時の「証拠に基づいて粛々と捜査を進めた」あの冷静さと客観性は、
まさしく日本国民の全面的な信頼を得たではないか。
特捜の先ず始めに「シナリオありき」の手法そのものが限界なのではないか?
新聞の場合は日々のニュースに追われ
この問題だけを追究するわけにはいかないであろうが、
週刊誌ならそれが可能と思う。
是非特捜の行動について看視を続けていただきたいと思う。
「さすがに特捜の捜査だ。警察とは違う、見事に証拠に裏付けられている」
と我々が感じることのできる、そのような特捜を期待したい。
もちろん特捜の検事連中も公務員で色々な誘惑があるのは
十分理解できるのではあるが、原点は明白。
週刊朝日又はアエラの役割はそういう動きを支援することだろうと思う。 一読者
投稿:
管理者S
| 2010年8月14日 19:23
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