ここ数年、不況業種と言われる出版界にあってとりわけ売り上げが落ち込んでいるのが総合週刊誌だ。本誌はまだまだ元気ですが、半世紀前に100万部を超えていた時代があったことを思うと、何だかやるせなくなるのもまた事実。週刊誌はなぜ売れなくなったのか。未来はどうなるのか。本誌は無謀にも、自らに匕首(あいくち)を突きつけるような連続企画を考えてみました。題して「週刊誌の未来を考える」。記念すべき第1回はネット世代の論客、赤木智弘さんに「辛辣なご意見」をいただきました。(聞き手・編集部)
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ) 34歳。フリーターの立場からの社会時評を行う若手の論客。朝日新聞社の月刊誌「論座」(2007年1月号)に掲載された論文「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争」で話題に。
――赤木さんは、ふだん週刊誌は読まれますか?
赤木いいえ。
――手に取ることもない?
赤木ないですね。
――あちゃ・・・・・・(汗)。
赤木仕事上の理由で必要なことがありますから、目立った記事があれば読みます。ただ、自分がライターをやっていないとしたら、週刊誌をどこでどう読むかっていうシーンが全然思い浮かばないんです。
――というのは?
赤木週刊朝日の表紙はそうでもありませんが、もっと大衆向けのものになると、水着姿の女性が表紙になっていたりしますよね。そうすると、駅のキオスクで買ったとしても、電車の中で読むわけにはいかない。女性が周りにいますから。
――ある種のセクハラになっちゃうと?
赤木セクハラといってしまうと単純なんですけど、そういうものを読んでいること自体が、本人にとってマイナスになりやすいという状況があると思います。一昔前は、電車の中で携帯電話のメールを見ていたり、ゲームをピコピコやったりするのがマナー違反になっていましたけど、今はほとんど許容されていますよね。その一方で、夕刊紙や週刊誌を開いて読んでいる人が少なくなった。これは、そういうことをやると自分にとってマイナスになる、という意識があるからだと思います。
――確かに満員電車で新聞を読んでいる人は、少なくなりましたね。
赤木あの大きな新聞を通勤電車の中で開くのは、やっぱり問題だという意識が広まったんだと思います。他人に迷惑がかかると。
――では、会社ではどうなんでしょうか?
赤木やっぱり読みづらいですよね。他の社員にも「こいつ、こんなのを読んでいるぞ」って思われたくない、という意識が働くと思います。家庭でも同じ。週刊誌を買って、外では読む場所がないから家に持って帰って読んだとしても、家族に文句を言われたりする。
――電車のなかでも、会社でも、家でもダメ......。そうなると、トイレの中で読むぐらいしかない(笑)。
赤木今の世の中を渡っていくには、コミュニケーションスキルが必要ですよね。職場でも職能だけではやっていけない。周囲の目を極度に気にしなければいけない。どういうシーンでも、周囲が要請するものを出さなければいけない。そう考えると、「週刊誌を読む」という行動は、周囲が要請するものの中に入っていないと思います。
――しかし、「情報源」として週刊誌は有用ではないですか?
赤木インターネットがありますからね。ネットだと常に最新の情報があって、それに対してすぐにコミュニケーションがとれる。だけど、週刊誌の話題でコミュニケーションをとるシーンというのは思いつかない。朝、新聞を読んで、その記事を会社で話題にすることはあると思いますけど、週刊誌の記事を話題にすることはまずないですから。
――スポーツ新聞やテレビのワイドショーで取り上げられて話題になることはありますよ。でも、それで売り上げが爆発的に伸びるかというと、そうでもない。メディアからの需要は多いんですけどね。
赤木BtoBですね。Cまでいかない(笑)。
――これじゃあ、通信社と同じ(笑)。
赤木販売期間の問題もあると思います。週刊誌の場合、店頭からなくなっちゃいますから。「この記事は大事な情報かもしれない。買ってみよう」と思っても、そのときにはもう本屋にはない。だからといって、バックナンバーを取り寄せるのは面倒。月刊誌の場合は販売期間が長いから、「誰々のこういう論文が話題になっているぞ」ということを知ったら2週間遅れでも買えますよね。
――週刊誌の場合、キオスクの一番いいところに置いてもらえるのは発売から2、3日間。
赤木あと、これもネットとの比較になるんですけど、週刊誌には「新規性」がさほどない。ネットだとリアルタイムで事件が追えますからね。木曜日に起きた事件の記事が、翌週月曜日発売の週刊誌に載っていても新しいとは思えませんね。
――最近は情報の賞味期限がどんどん短くなっています。読者のデータにも表れている。たとえば、ある事件が起きて、第1弾、第2弾......と打っていくと、見事なぐらい支持が減っていくんです。
赤木賞味期限が短いというのは、コミュニケーションに使えないということだと思います。
――「使える」ものを求めているんですね。
赤木たとえば、2008年6月に起きた東京・秋葉原の連続殺傷事件に関して、被害者が倒れているところを写真に撮る人がいたじゃないですか。あれは問題になりましたけど、彼らの立場に立てば、自分がその場にいて携帯を持っていたら、撮らない理由がない。コミュニケーションに使えるから。彼らはそういうものとして撮っている。今は惨劇すら、コミュニケーションスキルの道具として使われるわけです。
――発生した事件でいえば、時々刻々と事実を追うのではなく、少し時間を置いて事件を総括するような特集を組むと、読者に支持される傾向もありますね。
赤木それはあると思います。月刊誌がそうですよね。議論を深めるためのツールとしても使えますし、話題の論文が出たりもしますから。
――週刊誌はどこに価値があるんだろう。
赤木週刊誌は月刊誌に比べて、コンテンツの新しさが勝負になってくるわけですよね。だから、事件が起きた2、3日後に発売されたとしても、真相を深く掘り下げるってことはまずできない。「広く、浅く」の情報は、週刊誌が出たときにはすでにネットで共有されている。週刊誌の記事はどうしても一回り遅れたものになる。速報性という点ではネット、テレビ、新聞にはどうしても勝てない。かといって、月刊誌のように掘り下げることもできない。
――では、具体的に週刊朝日の中身を見ていきましょう。実物をお持ちしたんですけど、この目次を見てどう思われますか。
赤木煽動的ですよね。
――「見出しは派手にいこう」というのが基本ですから。
赤木そう思いますけど、こういう煽動的な部分が見えちゃうのはマイナスだと思います。
――といっても、事実と乖離する見出しをつけようとは思っていないですよ。「魅力的なコンテンツがそろっている」ことをアピールしたくてやっているんですが、効果はあまりない?
赤木ないと思います。今の大衆は昔と違ってエリート化した大衆ですからね。誰でもある程度のリテラシーをもっていますから、「こう書いてあるけど、そこまではないだろう」と簡単に見抜くんです。中吊り広告にバーンと目を引くようなことが書いてあっても、そのとおりに受け取る人はいないと思います。むしろ、「引っかけようとしているんだな」と思う。
![週刊誌の未来を考える 週間朝日 談 [DAN]](http://www.wa-dan.com/common/images/logo.gif)
























週刊誌が情報のセット売りであるが故に今の時代が求めているビジネスモデルに合わないという事のようでしたが、この時代、あるいは、瞬間という現代にマッチするのがいいのかということは言えないような気がします。
自分の想定範囲、悪くいえば、ヨイショ人間で周りを囲んで悦に入っている経営者が、心地よいものしか耳に入れないのと同じで、類型情報で固まっても、仕方に様な気がしますので、アルバム的なセットビジネスが成り立つかどうかという短期判断ではなく、人間心理として、想定範囲外のものもメニューにあるというものは絶対に必要でしょうね。
あまりにも、インターネットで変貌する現代の過度的状況を固定化してしまっているのではないでしょうか?
週刊誌がセットビジネスだから駄目なのではなく、情報系の書籍が、紙媒体を必要としているのか、電子媒体に置き換わってしまうのかの問題のような気がします。
情報を作る、読む、という関係が、果たしてタダだからいいという風にはならないし、それだけの情報の質を求めたら、作るにはお金がかかるわけで、タダほど高いものがないということは、インターネット等でも同じで、タダで出来る資本を持っている、すなはち、何らかの意図でタダで配信しているか、本当に、つぶやきの個人レベルの質としては高くないものしかタダ情報はない様に思えます。
あまりにも、情報の質を考えない、発言のように思えてしまいました。