週刊誌に未来はあるのか!?

――人目を引こうとやっていることが、逆に人を遠ざけていると。

赤木そうですね。

――タイトルで「新事実」「全真相」というのがよくありますけど(笑)。

赤木新しい情報があれば堂々と出しますからね。何にもないから曖昧なわけで、そこも読者も見抜いていると思います。

――逆に扇情的なタイトルをつけないで、「誰と誰の対談」というように淡々と告知したほうがマシ?

赤木だと思います。ただ、中吊り広告もほとんど見られなくなっているんじゃないでしょうか。電車の中ではみな携帯電話を見ていますから。中吊り広告を見て週刊誌を買う人は減っていると思います。タイトルを見て興味がわいたとしても、ちょっとネットで調べて終わりだと思います。

――なるほど。目次をざっと見て、記事のバランスはどう思います?

赤木いろいろありますね。

――週刊朝日のコンセプトは「ホームジャーナル」。一家で一冊、みんなで読んでください、と。政治好きのお父さんも、健康のことが気になるおじいちゃんも、お兄さんやお姉さんには芸能情報やスポーツ情報も用意していますよ、と。こういう多品目を並べたセット商品は、赤木さんの目から見てどうでしょう。

赤木品目を豊富にそろえるのは「正しい」と思います。作り方としては正しい。そうじゃないとバランスを欠きますから。けれども、読む側がバランスを求めているかというと、違うと思います。社会全体のことが知りたいわけじゃなくて、知りたいことが知りたいだけですから。しかも、自分の都合のいいことが知りたい。ネットのいいところは、自分の好きな情報、自分に都合のいい情報が選べるところなんです。たとえば、進化論が正しいかどうかを調べるとき、「進化論は正しい」と思っている人には「進化論は正しい」という情報がたくさん入ってくる。

――でも、情報の選び方としては「正しくない」と思うんですが。

赤木そうです。偏見を突っ走ることになりますから危険です。だけど、同じ偏見をもった者同士のほうがコミュニケーションは成立しやすいですよね。だから需要がある。読む側が求めているのは「コミュニケーションの役に立つもの」で、正しさであるとか、多種多彩な議論であるとか、そういうものではない。偏見を助長するものと、いろんな意見を網羅して興味のない分野にも目を開かせてくれるものと両方あった場合、どっちが「正しい」かといえば、もちろん後者です。ただ、そういう正しさにお金を払うか、というと別問題で、むしろ人は偏ったものでも自分に都合がよければお金を払う。

――でも、情報の選び方としては「正しくない」と思うんですが。

赤木そうです。偏見を突っ走ることになりますから危険です。だけど、同じ偏見をもった者同士のほうがコミュニケーションは成立しやすいですよね。だから需要がある。読む側が求めているのは「コミュニケーションの役に立つもの」で、正しさであるとか、多種多彩な議論であるとか、そういうものではない。偏見を助長するものと、いろんな意見を網羅して興味のない分野にも目を開かせてくれるものと両方あった場合、どっちが「正しい」かといえば、もちろん後者です。ただ、そういう正しさにお金を払うか、というと別問題で、むしろ人は偏ったものでも自分に都合がよければお金を払う。

――週刊誌の姿勢は正しいけど、お金にならない(笑)。

赤木ジャーナリズムとして真実を追求するというのは正しい姿勢だと思うんです。でも、読者がそういうものを求めているとは思えません。

――むしろ、読者はテレビ、新聞、ネット、週刊誌と様々なメディアを使って、自分でバランスをとっているというわけですか。

赤木その中で週刊誌がバランスにこだわっても意味はない。バランスをとる必要もないと思います。

――今の話で思い出したのが、週刊誌を持参してすごく喜ばれたシーン。二つありまして、一つは入院している患者さんに渡したとき。病院だとテレビを見る時間は限られているし、携帯電話やネットをいじるのも難しいということで。

赤木なるほど。

――もう一つが海外。駐在員の日本人に渡すとやっぱり喜ばれる。今、日本で何が起きているのか、何が問題になっているのか一通りわかるから。年配の読者が多いのも同じ理由かもしれません。つまり、週刊誌って、情報過多の社会から離れている人からは非常に歓迎される。逆に情報過多の社会では、現状だと厳しいと。

赤木どうしてもジリ貧になりますよね。

――さて、本誌の目次をパッと見て、赤木さんが「お金を出す価値がある」と思える記事はありますか。

赤木そうですね。この特集は読んでみたいですね(2008年7月15日号「ベストセラー 近未来予測小説『平成三十年』執筆から10年 堺屋太一 緊急寄稿『厭な予測がかなり当たっている』」)。

――同じ号には山本モナの不倫の話が出ていますが。

赤木全然興味がないし、ネットのほうに詳しく書いてあるから必要ないですね。

――有名人の不倫には価値はない?

赤木不倫なんてどうでもいいことですよね。他人の色恋ごとですから。だけど、誰がどう論じているかには興味があります。そっちのほうが面白い。だから、そういうものなら読むかもしれません。

――確かに二人が入ったラブホテルの部屋代がいくらだったとか、そういうのはどうでもいいと(笑)。

赤木瞬間的に消費されるだけですよね。何が重大な論点があれば別ですけど。

――そういえば、秋葉原の事件のときは、赤木さんにもコメントをいただいたように、いろんな識者の方々から「事件をどう見るか」というテーマで、数多くコメントを寄せてもらいました。実はこれもオピニオンの「網羅」なんですね。メディアは何かと方向付けしたがるという批判もありますが、この一般市民には理解しがたい事件に関しては、様々な角度から光を当てようと思ったんです。

赤木様々な見方を広く全体的に載せていくのは意味があると思います。「網羅」に意味があるとすれば、そういうことなんだと思います。結局、ブログだと一個人の考え方だけだし、ネットで対話するといっても基本的には似たような考えの人しか集まらないわけですから、非常に偏っています。

――一つの事象をすばやく、多面的に取り上げることができるのは週刊誌の強みかもしれませんね。

赤木月刊誌でそういう網羅的なことをやると、かえって浅くなっちゃう。月刊誌は限られた人間が、じっくり書くというメディアですから。そう考えると、本当に網羅すべきものが網羅できるのは週刊誌しかないかもしれませんね。

――そう考えるとチャンスはあるわけですね。

赤木「ある問題を論じるときに、この一冊ですべての視点がわかる」というカタログ的なものでいいと思う。他の人と話をして、その人と意見が違ったときに、「ああ、週刊誌にこういう意見があったな」って思い出せれば、コミュニケーションツールとして使えます。

――なるほど。そうすれば、若い人にも読んでもらえる?

赤木僕の世代は週刊誌がそういうことをやっていることをそもそも知りません。だから、それが売り上げにつながるのかはわからない。

――デジタル版をやっている雑誌もありますが、活用しようとは思わない?

赤木えっ、デジタル版なんて出てるんですか? まあ、必要な記事はありますから、必要な記事だけ100円で買えるのでしたら、いいかなという気はしますね。

――記事のバラ売りですね。

赤木自分の場合、「必要な記事があるときだけ買う」という買い方ですから、必要な記事だけ買えるバラ売りのほうがいいですね。

――最近はお弁当屋さんでも、好きな総菜を好きなだけ買わせてくれるところがあるじゃないですか。作り手のほうで勝手にまとめて、「このラインナップで満足しろ」っていうのは、売り方として傲慢なのかもしれませんね。

赤木バラ売りだと、一つひとつは安いんで、ついついたくさん買ってしまうので、結果的には店も儲かる。セルフうどんもそうですよね。普通の立ち食いだと、天ぷらうどんで満足なんだけど、ついつい、あれもこれもって買って、結局、高くつく。

――ただ、紙の本誌のことを考えると、僕らも悩ましい。政治から芸能までバランスよく組まないといけない、と思っちゃいますからね。お弁当でいうと「30品目の食材がバランスよく入ってないといけない」っていう考え。でも、「これだ」と思った天丼なら、天丼でいいのかもしれませんね。

赤木天丼専門店でいいと思います。海老はもちろん、かき揚げから野菜の天ぷらから全部あるけど、天丼しかないという店で(笑)。

――今日はありがとうございました。

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