2011年1月
『至福の1年間。映画とスポーツに感謝~名作50本"観戦記"』
過酷かつ、楽しい仕事だった。50本。泣いた、笑った、夢をみた。ヒッチコック、ビリー・ワイルダー監督のつくりに唸り、ジェームズ・ディーン、マリリン・モンローの表情にうっとりした。スポーツでいえば、オリンピック取材を終えた時の幸福感に似ている。
2010年2月に始まった『午前10時の映画祭』とは、映画ファンの投票によって選ばれた珠玉の50本を週に1本ずつ、1年間かけて全国各地で上映する企画だった。ぼくは鑑賞する映画館を、六本木ヒルズのTOHOシネマズと決めていた。販売スタートの2日前の深夜零時にパソコンでチケットをゲットする。5分で完売となることもあった。酔っ払って寝てしまい、チケットを買いそびれたこともある。それでも何とか確保する。いつもわくわくして足を運んだ。
映画館に入れば、ポップコーンのにおいがしてくる。人いきれ、ホットドッグやコーヒーのかおりも漂い、どこかアメリカの地方球場のようなあたたかい空気なのだ。30本を超えたあたりから、顔なじみのおじさんも増えてきた。どの目も青年時代のそれだった。
スポーツを取材して、ざっと30年となる。いろんな一流選手や好勝負をみてきた。映画をみていたら、時々スポーツシーンを思い出すことがあった。『ゴッドファーザー』のマーロン・ブロンドは国際オリンピック委員会のアントニオ・サマランチ前会長みたいだったし、『ブリット』のスティーブ・マックイーンはF1のアイルトン・セナみたいだった。『鉄道員』の父親役のピエトロ・ジェルミはプロ野球の江夏豊の孤独を蘇らせた。一番好きな『大脱走』はサッカーのワールドカップ(W杯)のドリームチームである。例えば、1982年スペイン大会のブラジルの「黄金のカルテット」なのだった。
上演後、必ず誰かにインタビューした。目が憂いを帯び、「永遠の青春」を口にしてくれた。最後の『ショウほど素敵な商売はない』の時、「映画って何ですか?」と聞いたら、61歳の男性は小さく笑って答えてくれた。
「映画ほど素敵な娯楽はない」
【編集部より】
1年間にわたって「スポ根的映画論『名画50本ノック』」をご愛読いただき、ありがとうございます。松瀬学氏が毎週、映画館に足を運び、スポーツライターの視点で描いた「元気の出る映画コラム」が、名画の魅力を再発見するきっかけとなれば幸いです。『午前十時の映画祭』は好評につき、2011年2月から作品数、開催劇場を拡大して第2回が開催されます。1年目からの25劇場では新しい50本(Series2/青の50本)を上映、新たに加わった25劇場では1年目の50本(Series1/赤の50本)が上映されます。作品やスケジュールなど詳しくは『午前十時の映画祭』の公式HP(http://asa10.eiga.com/)をご覧下さい。
『家族愛と人生賛歌。どっこい生きている~ショウほど素敵な商売はない(1954年)』
野球ほど素敵な商売はない。「世界」の王貞治さんはかつて、こう漏らした。王さんは野球が好きで好きでしょうがないのだ。神宮球場の記者席で初めて言葉を交わした時、僕は王さんの笑顔に「生きる喜び」をみた。
あぁ人生って素晴らしいのだ、とうれしくなったのである。1977年9月3日の後楽園球場。756号本塁打を達成した夜、王さんの老いた両親がスタンドで万歳するシーンが忘れられない。家族っていいナ、と思った。
このミュージカル映画もまた、人生賛歌である。歌って踊って、楽しいショウビジネスの世界に連れていってくれる。家族が絆を取り戻すストーリーはよくあるが、『雨に唄えば』のドナルト・オコナーのアクロバッティングなタップダンス、芸能一座を率いる母親役のエセル・マーマンの円熟のダンスは楽しい。
マリリン・モンローの甘ったるい歌も悪くない。初めて登場するシーンの後ろ姿の色っぽいこと。長男役のジョニー・レイが神父になる際の「さよならパーティー」では父母が部屋の隅でそっと涙する。その親心に感情移入し、見ているこちらも胸が痛くなった。
せりふが粋である。長男が神父になりたい、と知った時、父親役のダン・デイリーがつぶやく。「わたしのひいきのカージナル(枢機卿)は野球だけだ」と。大リーグのカージナルスに重ねたジョーク。ちょっと笑った。
マリリンは色気をプンプン発する。鑑賞後、61歳の男性は言った。「おれは不満だ。マリリン・モンローの出番が少なすぎる。やっぱりミュージカルを映画にするのはきついなあ。舞台の本物の迫力が伝わってこない」と。
そりゃそうだ。でも部分、部分で、舞台に似た興奮を味わった。離れ離れになった家族全員が最後に集まって、一緒にタイトルの『ショウほど素敵な商売はない』を歌いあげる。足でリズムをとり、鼻歌を合わせる。野球もショウも映画もなんだか楽しくなる。つい口にする。どっこい生きている、と。
「ショウほど素敵な商売はない」
製作国:米、日本公開:1955年。ミュージカル映画の傑作『アニーよ銃をとれ』のために書かれた、アーヴィング・バーリン作詞作曲の楽曲をそのままタイトルとしたミュージカル・コメディ。『愛の泉』のソル・C・シーゲルが製作を、『栄光何するものぞ』のフィービーとヘンリー・エフロン夫妻が脚色、『わが心に歌えば』のウォルター・ラングが監督を担当した。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=THERE'S NO BUSINESS LIKE SHOW BUSINESS © 1954 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
【お知らせ】 スポーツライター松瀬学氏が1年間にわたって連載してきた「スポ根的映画論『名画50本ノック』」は、今回で50本目のゴールを迎えました。ご愛読いただき、ありがとうございます。来週はコラムの最終回として、「名画50本"観戦記"」をお届けします。
『色気と笑いの満足感~お熱いのがお好き(1959年)』
マリン・モンローのエロっぽさと、ジャック・レモンの可笑しさ。お馴染みのビリー・ワイルダー監督がこれをほどよく料理し、まるで上等なおせち料理を食べさせてもらっているような幸福な気分になった。
正直、昔はマリリン・モンローには全く興味がわかなかった。大胆なセックスアピールが苦手だった。だが映画館でみれば、この金髪女優の魅力はやはり絶品である。冒頭に登場する際の駅構内でのモンローウオーク。
お尻を左右にリズミカルに揺らす。後ろ姿を見て、レモン扮する女装した楽団員のジェリーがもらす。「あれはモーター付きだな」。マリリンが車内でバーボン入りのフラスコをスカートの中の太ももから取り出すシーン。ついこちらの胸の動悸がはげしくなった。
スポーツを取材する際、どうしても女子選手の場合、美しさに見とれてしまうことがある。例えば、女子バレーボールの日本のエース、木村沙織。抜群の運動能力もだが、キュートな笑顔とナイスバディ、天真爛漫な無邪気さがファンを魅了してしまう。天然のコメントにも何度、笑ったことか。
昨年の世界選手権では獅子奮迅の働きで日本を銅メダルに導いた。カッコよかった。マリリン同様、木村もファンの声援を力にする強さがある。マリリンも男性の視線を意識し、目を少し閉じ、口元をすぼめて歌う。その顔付き、甘ったるい声も妙に男心を刺激する。
40歳代の男性曰く。もう5度目の鑑賞。
「マリリンの魅力爆発といった感じです。笑わせてもくれる。どたばたのストーリーだけど、下品に落ちていない。せりふもいい」
一番笑ったのが、レモンがタンゴのリズムに乗って、寝床で憑かれたようにマラカスを鳴らし続けるところである。せりふも洒脱。一番はラストシーンの有名な「Nobody is perfect」(人間はだれも完全ではない)だろう。色気と笑いの中にメッセージがちりばめられているのだった。
「お熱いのがお好き」
製作国:米、日本公開:1959年。コメディ映画の神様的存在となったワイルダー監督の代表作。本作ではじめてジャック・レモンを起用し、さらに「アメリカのセックスシンボル」マリリン・モンローをヒロインに据えて、上質なスラップスティック映画に仕上げている。アカデミー衣装デザイン賞(白黒)受賞。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=SOME LIKE IT HOT © 1959 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
『ストーリーの面白さが一番~アパートの鍵貸します(1960年)』
新年である。寒風の中、箱根駅伝を取材し、映画館で暖をとる。ともにストーリーが一番大事。どたばたのラブ・コメディーながら、練りに練ったビリー・ワイルダー監督の脚本にはもう、うなるしかない。
ひどい話である。ジャック・レモン演じるバクスターは保険会社のしがないサラリーマン。出世のため、アパートの部屋を上司たちに浮気の密会場所として提供する。その情事が終わるまで、夜雨に濡れながら、レモンはアパートの外で待っている。猫背の白いレインコート姿で。なんとも侘びしい。
でもユーモラス。洒脱な演出と、レモンの演技力があるからだろう。とくに目と眉、口元の動きが軽妙。風邪をひき、ティッシュペーパーで鼻をかみながら、上司の情事のスケジュールを調整する。鼻グスリが何かのはずみでぴゅーっと飛んでいく。可笑しい。
箱根駅伝もまた、練り上げられたシナリオがあるかのようである。各校エースをぶつける「花の2区」から、箱根の山登りの5区、そして山下りの6区。早大のアンカーが、迫りくる東洋大の猛追をかわした今年のレースもサスペンス映画を観るようであった。
箱根駅伝といえば、もう瀬古利彦である。早大の1年生から4年連続で「花の2区」を無表情で走り、区間新を連発した。ドラマを演出した。実はひょうきん。酒席を共にすれば、ジャック・レモンの都会的な笑いとは違うが、親友の楽太郎(三遊亭圓楽)仕込みのジョークで笑わせてくれたのだった。
61歳の男性曰く。「オトソ気分もあってか、ほのぼのするねえ。設定がおもしろい。ジャック・レモンが惚れる女性がかわいい」。女優が若かりし日のシャーリー・マクレーン。
いい映画って、やはりシナリオが緻密なのだろう。シャンパンを開ける音が銃声に聞こえるシーンがある。このシャンパンって、クリスマスイブに上司が部屋を借りようと思って持参したものだった。無駄がない。すべてがストーリーにつながっているのだ。
「アパートの鍵貸します」
製作国:米、日本公開:1960年。ハリウッドの名匠ビリー・ワイルダー製作・監督・脚本のロマンティック・コメディ。主役には『お熱いのがお好き』に続いてジャック・レモンを起用。お相手は同年の『恋の売り込み作戦』でもヒロインを演じたシャーリー・マクレーン。洗練された都会的なセンスに満ちあふれた作品で、アカデミー作品賞、監督賞など6部門を受賞した。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/)

写真=THE APARTMENT © 1960 The Mirisch Corporation. All Rights Reserved.
『無言の心のふれあいと笑顔~フォロー・ミー(1972年)』
クリスマスの日、ついに映画館でこの"幻の名作"を観る。最近までDVDにもなっていなかった作品。誰もが孤独におびえ、恋に心ときめく。私立探偵を演じるコミカルなトポルが言う。
「独りぼっちの生活は寂しいぞ」
口ひげのトポルがいい味を出している。田舎のおじさん風だけど、依頼人の会計士の妻、ベリンダ役のミア・ファローを見る眼差しはやさしい。ロンドンの街をひとりさまようファロー、白いレインコート姿で大胆に尾行するトポル。言葉はない。笑顔がある。
ふたりが公園のランチの時、ゆで卵をそろって頭で割るシーンには笑わせられた。優雅な音楽にのって、昔のトラガルファー広場やテムズ川などロンドンの風景が流れる。
出会いは貴重である。スポーツ界でも、トップ選手はよき指導者と出会えるかどうかに成長の度合いがかかっている。シドニー五輪金メダルの"Qちゃん"こと高橋尚子もまた、小出義雄コーチとめぐり合い、マラソンの喜びを知った。あどけない高橋のスマイルと、トポルの如く、人懐っこい笑顔の小出。同じ目標に向け、互いの信頼関係を強めた。
映画はセリフもいいのだけれど、ただ歩き回るところがいい。みんな表情豊かで生き生きとしている。Qちゃん同様、小柄なミア・ファローには不思議な魅力がある。とくに笑ったときの口元がキュートである。
上映後、四十代夫婦は幸せそうな顔をしていた。
「音楽がいい。なぜか何度も泣いた。人と人のふれあいのほのぼの感がしんみりきます」
と夫が言う。妻が小さく笑う。
「ミア・ファローは雰囲気がある。かわいい。大物キラーの由縁がわかる気がします」
そういえば、ミア・ファローは私生活でフランク・シナトラと結婚し、ウディ・アレンのパートナーともなったのだ。
表情でいえば、映画の冒頭、ミア・ファローが会計士役のマイケル・ジェイストンと出会うシーンがいい。レストランのウインド越しの視線の動き、場面設定が絶妙である。冷徹そうなジェイストンの笑顔も悪くない。
「フォロー・ミー」
製作国:英・米、日本公開:1973年。『第三の男』のキャロル・リード監督による大人のラブストーリー。ロンドンという現代的人間関係の縮図のような街を舞台に、人同士のふれあい、夫婦の絆といったヒューマニズムのありようを問いかける傑作だ。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/)

写真=THE PUBLIC EYE © 1972 Universal Pictures Ltd. All Rights Reserved.







