『物語を創造する歓び~映画に愛をこめて アメリカの夜(1974年)』
映画の監督ほど、つらくて愉しい商売はないのだろう。映画監督役で自ら出演する監督のフランソワ・トリュフォーが言う。「監督とはあらゆる質問を受ける人種である」と。
監督はまた、すべての責任も負っている。ワガママな俳優をなだめ、スタッフ間のもめごとの相談にものる。もちろんオモシロい映画を演出しなければならない。ヒロインを演じるジャクリーン・ビセットの顔の向きを変え、手の握りも指導する。左耳に補聴器。静かに振る舞いながらも、いつだって画面のトリュフォーは存在感に満ちている。
この存在感、プロ野球中日の落合博満監督と似ている。「オレ流」で選手に休みなしの猛練習を課し、チームをリーグ制覇に導いた。ベンチではほとんど動かない。薄くなった頭髪をみれば、気苦労も多いのだろう。意外に繊細な神経をしているのだと思う。
勝利の後だけ、落合監督はふっと笑う。それぞれ異なる報酬のプロ選手を束ね、試合でドラマを演出する。プロ野球の監督も映画監督も、現場での力は絶大である。みんなの生活を預かっている。だから畏怖される。
冒頭のロケのシーンから、観客も映画づくりの現場に引きずり込まれてしまう。鑑賞後、24歳の映画館勤務の男性は言った。「映画の特殊技巧や構成の仕方がよくわかる。映画ってみんなで作り上げられているのですね。監督をしたくなりました」と。結局はチーム。映画も野球もひとりではできないのだ。
タイトルの『アメリカの夜』って何かと思ったら、赤いフィルターをレンズにつけて昼間の撮影でも夜間のように見せる手法のことだった。即ち、映画では現実と虚構が混在する。男女関係もどれがホンモノで、どれがウソかわからなくなる。
間違いないのは、みんな映画が好きだということである。「カット!(終わり)」の声が飛ぶと、トュフォーの口元がふっと緩む。いい顔だ。ついこちらもうれしくなる。
「映画に愛をこめて アメリカの夜」
製作国:仏・伊、日本公開:1974年。ヌーヴェルバーグを代表する名監督フランソワ・トリュフォーがみずから主演を務め、架空の映画の撮影風景を追う形でスタッフやキャストが直面する問題を描いていく異色作。アカデミー賞では外国語映画賞を受賞した。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/)

写真=LA NUIT AMÉRICAINE © 1973 Les Films du Carrosse & PECF & Produzione Intercontinentale Cinematografica. All Rights Reserved.








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