スポ根的映画論 名画50本ノック

2010年9月

『上等な料理を目で味わう幸福~バベットの晩餐会(1989年)』

 食欲の秋である。おいしいモノを食べると幸福になる。いや見るだけでもうれしくなる。個性派女優ステファーヌ・オードラン扮するバベットから饗宴を受けているような気分になった。とてもハッピー。

 圧巻は、やっぱり晩餐会のシーンである。とびきり上等の食材をパリから取り寄せ、バベットが海亀スープやキャビア、ウズラ、トリュフなどを料理していく。燃え上がる炎、ジュ~と肉が焦げる音、煮立つ鍋の音がこちらの食欲をさらにそそる。

 赤ワインのテイスティングをする際のバベットの真剣な眼差しもいい。包丁さばきは美しい。スポーツでいえば、バレーボールの"世界一小さな大セッター"、竹下佳江のトスさばきをみるかのようである。

 時に大きく、時に素早く、ボールを動かす。多彩な移動攻撃を演出し、竹下は名シェフのごとく、ゲームを料理する。相手ブロックを翻弄する。いろんな味付けで、観客を魅了するのだ。竹下もバベットも、自分の仕事を終えると、顔に深い充足感を浮かべる。その抑制を利かせた微笑がたまらなくいい。

「映画言語の極みです」と、映画通の51歳の男性は鼻下に汗の粒を浮かべた。「含蓄ある言葉はもちろん、迫力ある調理場面、美しい映像、上質の音楽......。視覚面が絶品です。若かった公開時より今回の二度目のほうがぐっときました」

 なるほど、見る側の人生経験もある程度、必要なのだろう。晩餐会のゲストたちがご馳走を食するうちに幸せそうな顔に変わっていく。口げんかしていた人々が互いに談笑するようになる。ほとんど死にそうだったバアさんの顔に生気がよみがえる。

「名シェフは食事を恋愛に変えることができる」と将軍(ヤール・キューレ)が呟く。未婚を通す年老いた姉妹の優雅なしぐさも心を和ませる。静かな展開ながら、ペーソスと美しさに包まれた完成度の高い作品である。

1_チ.jpg「バベットの晩餐会」
製作国:デンマーク、日本公開:1989年。漁村風景や晩餐の様子などを淡々と素朴に描写する中で、人生の幸福をさりげなく描く手法が高い評価を得て、アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した。他にも1989年の英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)最優秀外国語映画賞をはじめ、世界各国の映画賞で作品・監督・主演女優の賞を獲得。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/
 

写真=BABETTE'S FEAST © 1987 A-S Panorama Film International. All Rights Reserved.

『美に酔う~眺めのいい部屋(1987年)』

 人はなぜ、美を好むのか。英国ののどかな田園風景、上流階級のゴージャスなファッション、年代物の調度品、そして良家の令嬢、ルーシーに扮するヘレナ・ボナム・カーターの美貌......。つい恍惚となってしまう。
 

 上演後、アラフォーの女性は子どものように笑った。「この映画、すべてが女の子のあこがれなの。キレイな服を着て、ステキな恋をして、美しい自然の中で過ごす。草原で突然、キスをされるシーンもドキドキする。運命を感じます。要は美ですよ、美」
 

 美を競うスポーツなら、女子フィギュアスケートであろう。例えば、ハタチの浅田真央。無邪気な仕草と美しさ、勝負への執念、気の強さが同居する。技術的にも芸術的にも優れている。特に情感あふれる表情がよくなった。イロッぽくなった。
 

 映画のルーシー同様、可憐な女には涙も似合う。バンクーバー五輪で銀メダルに終わった浅田は悔しさのあまりに涙を流した。マスカラが落ちて、黒い涙となっても健気に受け答えした。あの時、テレビの前で少なくない人々がもらい泣きしたのではないか。

 

 気丈なルーシーも涙を流す。突然キスをされて恋に落ちたジョージ(ジュリアン・サンズ)が引っ越すとき、ルーシーは悲嘆に暮れるのだった。実は少し胸がジ~ンときた。

 

 ストーリーは陳腐である。冒頭、ルーシーは旅先のイタリアの宿で「川側の景色がみえない」と駄々をこねて、ジョージ親子の眺めのいい部屋と交換してもらう。高慢ちきな女だ、と思う。でも許す。美しいから。

 

 ジョージが叫ぶ。「めぐりあえただけで奇跡なんだ。幸運なんだ。僕らは引き裂かれるべきじゃない」と。宝塚ばりのロマンスである。

 映像美でいえば、ジョージら男3人が素っ裸となり湖ではしゃぐ場面がある。たしか日本公開時やビデオではカットか、男の局部にはボカシが入っていた。モロ見せだけど、こちらの方が無粋ではない。

 「眺めのいい部屋」eiga_column_33.jpg
製作国:英、日本公開:1987年。イギリスの作家E・M・フォースターの同名の小説を、ジェームズ・アイヴォリー監督が手がけたラブロマンスの傑作。アカデミー賞では8部門にノミネートされ、脚色賞、衣装賞、美術賞を受賞した。

 (「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

写真=A ROOM WITH A VIEW © A Room With A View Productions Ltd.

『スケールの大きさ。英雄の自信と怖れ~アラビアのロレンス(1963年)』

 スケールの大きさに、ぶっ飛ぶ。大画面いっぱいに広がる灼熱の砂漠と米粒ほどのラクダ。砂漠の地平線にゆらゆらと立つ蜃気楼。赤い砂嵐。黒い竜巻。巨大な岩山の群れ。これが実写とは信じられない。

 ぎらつく太陽も圧倒的である。死の砂漠の横断。暑い。こちらのノドの奥も乾いてくる。エアコンがきいているのに、隣の客席のご婦人は扇子でばたばたとあおいでいた。

 もちろん、4時間の長尺、ドラマのスケールもでかい。イギリス将校ロレンスに扮するピーター・オトゥールの自信と怖れの表情の作りがうまい。例えばオスマントルコを攻略するため、攻撃地点を決意する時の迫力。コメカミをぶるぶる震わせながら、右こぶしを握り、「アカバ!」と発するのだ。

 英雄や一流の指導者とは顔に生命力をたたえている。信念がにじみでる。スポーツの世界でも時折、目にする。シンクロナイズドスイミングのカリスマコーチ、井村雅代も迫力がある。孤立を恐れない。我が道をいく。

「困っている隣国を助けなアカン」。日本の反対を押し切り、中国代表のコーチを請け負い、北京五輪で同国初のメダルをもたらした。この9月、再び中国に渡った。とことん頑固。物事を決断する時の目のすごみは、オトゥールのそれである。

 オトゥール演じるロレンスはアラブの英雄となり、独立闘争に酔っていく。神経が衰弱し、狂気に走る。自分の力がコワくなる。疲弊したオトゥールの顔が悲しい。最後はアラブからも英国軍からも邪魔者扱いされる。

 ハタチの女性は言った。「これはロレンスの悲劇ですよね。ちょっと泣けてきました。でも大画面の映像がきれい。広大な砂漠に太陽が昇るシーン。砂漠を旅したくなります。壮大な音楽もよかった」と。

 大自然と人間の葛藤。英雄も名指導者も時に自信を膨らませ、時には怖れを抱く。その心の揺れが僕にはスリリングであった。


「アラビアのロレンス」eiga_column_32.jpg
製作国:英、日本公開:1963年。イギリスの名匠デビッド・リーンによる、実在した軍人の伝記をもとにした大長編スペクタクル。上映時間は200分以上(公開国などによって微妙に異なる)。一面の砂漠を舞台としながらも映像美に満ち、モーリス・ジャールによる楽曲もすばらしい。アカデミー賞7部門を受賞している

(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

写真=© 1962,1989 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 

『圧倒的な迫力とスピード感。そして人間の葛藤~ベン・ハー(1960年)』

 確かに4時間は長い。だが観終わると、深い幸福感につつまれる。実写ならではの迫力と巧みなストーリー、そしてベン・ハーを演じるチャールトン・ヘストンの演技と肉体美......。超一流のスペクタクル作品は何十年経ってもちっとも色あせないのだった。

 ハイライトはもちろん、チャリオット(戦闘馬車)の決闘シーンである。時間にしてわずか十五分弱。白馬の四頭立てのベン・ハーの二輪馬車が砂煙をあげながら疾走する。スティーブン・ボイド演じるメッサーラの馬車の仕掛け刃物がベン・ハーの車輪をガガガガガーッと壊していく。汗と鮮血が飛ぶ。揺れる映像。大音響。自分が馬車に乗っているかのような錯覚をおぼえる。

 このスピード感とスリル。まるでF1の名勝負、アイルトン・セナとアラン・プロストのレースを見るかのようだ。忘れもしない1988年の鈴鹿サーキットの日本GP。エンジントラブルで出遅れたセナが猛烈に追い上げ、最後にプロストを抜き去り、雨中の大逆転勝利で初のワールドチャンピオンに輝いた。

 このレースを伝説としたのは、セナとプロストのライバル物語が伏線にあったからだろう。ベン・ハーとメッサーラもしかりだ。幼なじみの親友が民族の違い、生き方の違いで憎しみ、殺し合う。この映画のミソも二人の葛藤と心理描写にある。

 「オモシロかったなあ」と67歳の男性はつぶやく。「そりゃ戦闘馬車の決闘シーンの迫力は圧倒的だよ。でも、僕はそれよりキリストの絡みにじ~んときた。"憎しみからは何も生まれない。人は許される"って」

 同感である。ベン・ハーの表情が次第に変わっていく。憤怒と殺意に満ちていた目がおだやかになる。奥歯をかみしめた口元のゆがみが消える。リアルな名演技である。

 そういえば、奴隷となったベン・ハーはのどの渇きで死にそうな時、「神よ、救いたまえ」とうめく。のちのキリストから水をもらい、命をとりとめる。敬虔なクリスチャンのセナも鈴鹿で勝った時、「神を見た」と漏らした。宗教的な色合いが、この映画もF1の名勝負もより味わい深いものにしている。


「ベン・ハー」
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製作国:米、日本公開:1960年。19世紀末のルー・ウォーレスの小説「ベン・ハー」は幾度も映画化されているが、本作は1959年版、3度目の映像化作品となる。ダイナミックな演出と映像美で観客を圧倒するスペクタクル巨編だ。アカデミー賞史上最多の11部門を受賞。

(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

写真= BEN-HUR © 1959 Loew's Incorporated. All Rights Reserved.

 

『スピードと恐怖の不思議な悦楽~激突!(1973年)』

 さすがスピルバーグといったところだろう。まだ25歳の時のサスペンス・カーアクションである。何が起こるかわからない恐怖、スピード感あふれる撮影テクニックで観客をぐいぐい引っ張っていく。

 この映画が公開された頃、日本では『ローラーゲーム』なる物騒なスポーツが流行っていた。中学時代の僕は夢中になった。スケートのショートトラックとホッケーとローラースケートをミックスさせたようなエンターテーメントだった。

 僕らのチームが「東京ボンバーズ」。長い黒髪の女性ローラーの佐々木ヨーコが、バカでかいアメリカ選手の妨害をすり抜けていく。ミッキー角田もスケーティングがうまかった。髪をひっぱる、殴る、蹴るの乱闘シーンにテレビ桟敷でアツくなったものだ。

 あのオモシロさは何だったのか。信じられないほどのスピードと予測不能のハプニングの連続。この映画と同様、危険をすり抜けてのゴールにあった。正義は勝つのだ。

 原題の『DUEL』を直訳するなら「決闘」だろう。ハイウエーで狂気の大型タンクローリーに絡まれる。だれにでも起こりうるシチュエーションが臨場感を醸し出す。米国で生活した4年間。2、3度、大型トラックにあおられて身の危険を感じたことがある。

 平凡そうなデニス・ウィーヴァー演じる不幸なサラリーマンのおびえる目に共感をおぼえる。タンクローリーの殺人運転手の顔が最後まで見えないところも不気味だ。62歳の男性はうなる。「スピルバーグの娯楽性の原点ですね。次作の『ジョーズ』のように計算された展開。ハラハラドキドキの恐怖。圧巻のラストシーン。どれも完ぺきです」と。

 決闘が終わる。どうしたって自身が疲労困憊のサラリーマンとだぶる。背中が冷や汗でびっしょりとなった。南カリフォルニアの雄大な夕陽が画面いっぱいにひろがる。客席のあちこちからフーっという安堵のため息が漏れたのだった。


「激突!」
222.jpg 製作国:米、日本公開:1973年。もともとは無名時代のスピルバーグがテレビ放映用に監督した作品で、日本やヨーロッパでは劇場公開された。スピルバーグ監督の天才的演出が冴え渡り、運転手が姿をまったく見せないために大型トレーラー自身が生きているかのように主人公と観客に迫り来る。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

写真=DUEL © 1971 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.  

旅人紹介

松瀬学(まつせ・まなぶ)
1960年長崎県生まれ。福岡・修猷館高、早稲田大学ではラグビー部に所属。同大卒業後、共同通信社入社。同社では、一貫してスポーツ畑を歩み、2002年に退社、ノンフィクションライターに。『汚れた金メダル〜中国ドーピング疑惑を追う』でミズノスポーツライター賞受賞。著書に『早稲田ラグビー再生プロジェクト』『日本を想い、イラクを翔けた〜ラガー外交官、奥克彦の生涯』『五輪ボイコット』『スクラム』『匠道〜イチローのグラブ、松井のバット』などがある。