スポ根的映画論 名画50本ノック

2010年8月

『リアリティーゆえの迫力~十二人の怒れる男(1959年)』

 アツい。暑苦しい。息が詰まる。真夏の閉じられた部屋。12人の陪審員の額に汗のツブが浮かぶ。シャツも汗で濡れ、目に怒りが満ちてくる。このリアリティー。この迫力。映画館で見ているこちらもゾクゾクする。

 法廷劇の傑作である。レジナルド・ローズの脚本の勝利である。うまい。会話や流れの妙に引き込まれてしまう。中心がヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番の「良心」。有罪(死刑)に確信が持てないとひとり無罪を主張する、その強じんな意志である。

 スポーツのキャプテンもまた、孤立を恐れない意志が求められる。女子バレーボールは補欠を入れて1チームが12人。2003年。全日本女子は長い低迷に沈んでいたとき、柳本晶一新監督はベテランの吉原知子を全日本に復帰させ、キャプテンに据えた。

 シドニー五輪出場を逃し、「負け犬」と化していた全日本は何事にも弱気だった。ただ闘将吉原はその雰囲気に怒り、五輪メダルを信じ、時には早朝4時半から自主練習を始める。熱気が充満する体育館。他のメンバーも迫力に押され、最後は全員が自主練習するようになる。戦う集団に変ぼうする。

 ついにアテネ五輪出場をつかむ。全日本の合宿を取材するたびに感じた息苦しさは、この映画にも共通するものだった。闘将の五輪への執着と陪審員8番の真実へのこだわり、全日本メンバーと陪審員たちの心の揺れ、葛藤。最後は全員がひとつになる。そこに何とも言えない爽快感をおぼえるのだ。

 「オモシロかった」と夫婦は声を合わせた。40代の夫は「理論派がいれば、感情的な人もいる。顔のアップとせりふの迫力に圧倒されました」と言えば、30代の妻もしきりにうなずく。「ひとり一人の性格付けがしっかりしている。陪審員制度のやり方、危うさもよくわかりました」

 そうなのだ。日本でも導入された裁判員制度。法務省はこの映画をPR代わりに国民に見せればいい。「偏見は真実をくもらせる」とのH・フォンダの言葉は裁判の金言であろう。


「十二人の怒れる男」eiga_column_29.jpg
製作国:米、日本公開:1959年。いわゆる「法廷劇」の代名詞ともいえる、密室ドラマの金字塔。もとはテレビドラマとして製作された作品で、陪審室のみを舞台とする密室劇ながら、スクリーンでもまったく遜色ない傑作に仕上がっている。低予算でもこれだけの映画が作れる、というお手本のような作品だ。

午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

 写真=12 ANGRY MEN © 1956 Orion-Nova Productions. All Rights Reserved.

『夏はスリル満点なドラマが一番~ミクロの決死圏(1966年)』

 ニッポンの夏。猛暑の夏。こんな時はスリリングなSF冒険ものに限る。原題の『ファンタスティック・ボヤージ』のタイトル通り、幻想的なミクロの世界が広がる。人間が細菌サイズに小さくなって患者の体内を旅するのだけれど、まるで夢の宇宙空間を冒険しているような錯覚をおぼえる。

 夏のスポーツといえば、高校野球の甲子園である。どれもスリル満点、ドラマチック。一番の思い出は1984年夏の決勝戦だった。常勝のPL学園が延長の末、取手二高に敗れた。予想外だった。3塁側アルプススタンドの最上段からグラウンドをみると、選手がミクロのような「点」でみえていた。

 注目がKKコンビ。2年生のエースの桑田真澄も主砲の清原和博もなぜか力を発揮できず、緊迫した試合の結果、力尽きたのだった。試合後、ベンチ裏に飛んでいくと、桑田は放心状態で、清原は大声で号泣していた。あのときの胸の痛みを忘れない。

 甲子園を筋書きのないドラマとはよくいったものだ。だからオモシロい。この映画とて、ミクロ大の治療部隊が体内に潜入するという奇想天外な発想から、何が起こるかわからないサスペンス仕立てとなっている。とくにナイスバディの助手(ラクエル・ウェルチ)が異物とみられて抗体に攻撃されるときはハラハラドキドキした。

 治療部隊のエースが「ベンハー」のスティーブン・ボイド演じる情報部員グラントである。桑田のような冷静さでピンチを救っていく。観賞後、20歳代の医大生は言った。「"そんなバカな"と笑ったシーンもある。医学的に怪しいところもあったけれど、人間の体の不思議な機能がよくわかる。ぼくは宇宙でなく、光ファイバーを使って体内探検したくなりました」と。

 人間のからだは宇宙の中心。人間の思考は宇宙の輝き。そんな意味深なせりふもいい。最後、絶体絶命のピンチを患者の涙が救う。真っ黒に日焼けたした球児もよく泣く。映画も甲子園も涙が新たな感動を生むのである。

888.jpg「ミクロの決死隊」
製作国:米、日本公開:1966年。体内というミクロ世界を舞台にした、手に汗握る名作SFファンタジー。独創的な世界観とアイデア、緻密かつ大胆なプロットで、後のSF映画・テレビに多大な影響を及ぼした。グラマー女優ラクエル・ウェルチをメジャーにした作品でもある。(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

 FANTASTIC VOYAGE © 1966 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

『難解ゆえのオモシロさ~2001年宇宙の旅(1968年)』

 何回見ても不可解である。理解しようとすればするほど、頭がこんがらがってきてしまう。とくに目の瞳孔のごとき、スーパーコンピューター(人工知能)HAL9000の黄色と赤色の点が不気味である。

 テーマは「人類の進化」なのだろう。類人猿が謎の物体モノリスに触れ、道具と武器を知る。進化が始まる。白い骨が一転、スローモーションで2001年の宇宙船へ変わる。ハッとする。

 壮大なテーマ曲にのって、場面が宇宙時代にとぶ。ケア・デュリア演じるボウマン船長は宇宙探査機の頭脳、HALの反乱にあい、怒って論理記憶端末を抜いてしまう。「コワい。コワいです」のHALの言葉がコワい。その時のボウマン船長の目には強い意思と冷徹な光が宿っているのだった。

 沈着冷静な目といえば、天才将棋棋士、羽生善治のそれである。深い読みから力強い受けを見せ、時に重厚な攻め、時には高速の寄せ手を見せる。ピンチでも顔色を変えず、熟考する時の目に背筋がぞくっとする。

 羽生は情報化社会の知識や計算に打ち勝つものは「決断力」という。高性能のコンピューターチェスみたいに、例えコンピューター将棋があっても、羽生なら負けないのではないかと思う。羽生もボウマン船長も目に強じんな精神力を漂わせているからだ。

 上映後、映画館の出口に立てば、ほとんどの人が顔をゆがめていた。「わからない」「催眠術みたい」とため息をつく。48歳の男性は右手を激しく横に振った。「確かに映像はきれい。でも監督のキューブリックのメッセージがわからない。進化ってナニ、宇宙ってナニって考えた。もちろん40年以上も前にこの映画を作ったのは大したものだけれど」

 そうなのだ。科学が発達するというのは、より考えるということなのだろう。いや考え続けるからこそ、ついに宇宙時代がやってきた。不思議な疲労感。宇宙映画も将棋も考えさせられるから、なぜかオモシロいのだ。

1.jpg 「2001年宇宙の旅」
製作国:米、日本公開:1968年。SF映画界に燦然と輝く金字塔。監督を務めた鬼才スタンリー・キューブリックが、SF作家の大御所アーサー・C・クラークとともに脚本も担当し、宇宙の叙事詩を高らかに謳いあげた。(「午前十時の映画祭 何度見
てもすごい50本」解説より。公式HP:http://asa10.eiga.com/

© 1968 Warner Bros. Entertainment Inc.

 

『クールさと強じんな精神力が魅力~ライトスタッフ(1984年)』

 ロマンである。音速挑戦も宇宙飛行も超人プレーも。サム・シェパード扮するチャック・イェーガーが人類初の音速飛行を成功させたとき、なぜかNBAの"エアー・ジョーダン"ことマイケル・ジョーダンの有名な「ザ・ラスト・ショット」を思い出した。

 1998年のNBAファイナル第6戦、ブルズは米ソルトレークシティーでジャズと戦った。ジョーダンは相手ボールをスティールし、ドリブルで運び、ジャンプショットを放った。残り5・2秒の逆転劇。コートサイドのぼくは「神業」をみた。夢をみた。

 ジョーダンこそ、スポーツ界の真のスーパースターだと思う。抜群の身体能力はともかく、最大の魅力は強じんな精神力にあった。クールな風貌で"クラッチショット"(終了間際のシュート)を決めるのだ。

 イェーガーもしかり、である。未知の領域への恐怖に打ち勝ち、ついには音のカベを破る。高速ジェット機の計測器がこわれる。それでも顔色を変えず、歯を食いしばり、前をグッと見据える。うまい。微動だにしない瞳のクローズアップが良い。

 この作品のオモシロさは、アポロ計画前の米国の宇宙挑戦をそのまま再現しているところだろう。ソ連に対抗するため、宇宙飛行士の候補が集められる。イェーガーは学歴がないので外される。最後は7人。演技派のエド・ハリス演じるジョン・グレンが言う。「俺たちはいつも100%の力を出す連中だ」と。

 男はいつもクールでなければならない。グレンは窮地でも鼻歌を歌い続ける。コックピットが真っ赤に燃えながら大気圏に投入する際、映画館の隣の53歳の男性は体を乗り出していた。「迫力があった。宇宙はみんなの夢でしょ。だれも見たことのない世界に触れることができた。時代の変遷もわかった」と。

 同感である。時代の変遷とは、音速挑戦から宇宙飛行へ、の移ろいを指す。職人タイプのパイロットたちのたまり場『パンチョの店』が火事で燃える。焼け跡をひとり歩くイェーガーの顔には哀愁が漂っているのだった。

  333.jpg 「ライトスタッフ」  
製作国:米、日本公開:1984年。米ソにより世界が二分された冷戦時代を舞台に、二国間の熾烈な宇宙開発競争とそれに関わる人間模様をドキュメンタリータッチで描く、重厚なヒューマンドラマ。トム・ウルフの同名小説を原作とする。アカデミー作曲賞、編集賞、音響効果賞、録音賞の4部門を受賞。

(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」解説より。 公式HP:http://asa10.eiga.com/

  写真=THE RIGHT STUFF © 1983 The Ladd Company. All Rights Reserved.

 

 

旅人紹介

松瀬学(まつせ・まなぶ)
1960年長崎県生まれ。福岡・修猷館高、早稲田大学ではラグビー部に所属。同大卒業後、共同通信社入社。同社では、一貫してスポーツ畑を歩み、2002年に退社、ノンフィクションライターに。『汚れた金メダル〜中国ドーピング疑惑を追う』でミズノスポーツライター賞受賞。著書に『早稲田ラグビー再生プロジェクト』『日本を想い、イラクを翔けた〜ラガー外交官、奥克彦の生涯』『五輪ボイコット』『スクラム』『匠道〜イチローのグラブ、松井のバット』などがある。