『天才と凡人の狂気と嫉妬~アマデウス(1985年)』
決してモーツァルティアンではない。でも人間モーツァルトの狂気と鉄火の人生を知ると、ついモーツァルトの遺したクラシック音楽を聴きたくなる。とくにこの映画のテーマ曲に使われた、どこかドラマチックな『交響曲二十五番の第一楽章』を。
モーツァルト、いやヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを演じるトム・ハルスは、天才ゆえの無邪気さをよく出している。下品で助平で酒好きで、すぐに甲高い笑い声を響かせる。子どものような目の輝きがチャーミングである。大劇場で指揮棒を振るうときの自信に満ちた目も悪くない。
そして天才モーツァルトに嫉妬する凡人の宮廷作曲家サリエリ(F・マーレイ・エイブラハム)の屈折した視線がたまらない。例えば、劇場の天井際のボックス席の隅に立ち、右手でほおを押し、片眼を歪めてみせる。目に彼への愛憎と己の絶望がにじむ。絶対的な才能はないけれど、才能の良し悪しがわかる人ってつらいのである。
天才にうちひしがれた目は、スポーツ界ではよく遭遇する。思い出すのは、ゴルフの天才タイガー・ウッズが台頭してきた頃のことだ。日本の英雄、ジャンボ尾崎将司はタイガーの才能に驚いた。ふたりは1995年のマスターズでは一緒にラウンドもした。97年、タイガーが史上最年少でマスターズ初優勝を遂げる。その頃、マスターズをよく取材していた。「とんでもない時代がやってきた」とジャンボはもらした。
タイガーのコワいもの知らずの目、そしてジャンボの虚ろな目が今でも印象に残る。タイガーは天才ゆえか、未曾有の女性スキャンダルを起こすことにもなるのだが。
映画館ですっかり顔なじみとなった60歳代の男性は言った。「これでモーツァルトの人となりがわかった。圧巻はふたりの狂気の目。ぼくはサリエリの目のほうがこわかった」と。
そうなのだ。サリエリがモーツァルトに未完成の『鎮魂歌(レクイエム)』の作曲を促すシーン。才能を、血を、最後の一滴まで絞り出せと強要するような迫力がサリエリにはあった。それは殺人者の狂気の目である。
「アマデウス」
製作国:米、日本公開:1985年。原作はブロードウェイで公開された舞台『アマデウス』。映画化にあたり舞台の脚本家自身が映画用に書き起こした。第57回アカデミー賞作品賞など8部門を受賞したほか、英国アカデミー賞など数々の賞を受賞。テンポ、映像、音楽、配役など、総合的な完成度が非常に高く、傑作と称される作品である。
(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」
公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=AMADEUS © 1984 The Saul Zaentz Company. All Rights Reserved.








コメントする