2010年7月
『天才と凡人の狂気と嫉妬~アマデウス(1985年)』
決してモーツァルティアンではない。でも人間モーツァルトの狂気と鉄火の人生を知ると、ついモーツァルトの遺したクラシック音楽を聴きたくなる。とくにこの映画のテーマ曲に使われた、どこかドラマチックな『交響曲二十五番の第一楽章』を。
モーツァルト、いやヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを演じるトム・ハルスは、天才ゆえの無邪気さをよく出している。下品で助平で酒好きで、すぐに甲高い笑い声を響かせる。子どものような目の輝きがチャーミングである。大劇場で指揮棒を振るうときの自信に満ちた目も悪くない。
そして天才モーツァルトに嫉妬する凡人の宮廷作曲家サリエリ(F・マーレイ・エイブラハム)の屈折した視線がたまらない。例えば、劇場の天井際のボックス席の隅に立ち、右手でほおを押し、片眼を歪めてみせる。目に彼への愛憎と己の絶望がにじむ。絶対的な才能はないけれど、才能の良し悪しがわかる人ってつらいのである。
天才にうちひしがれた目は、スポーツ界ではよく遭遇する。思い出すのは、ゴルフの天才タイガー・ウッズが台頭してきた頃のことだ。日本の英雄、ジャンボ尾崎将司はタイガーの才能に驚いた。ふたりは1995年のマスターズでは一緒にラウンドもした。97年、タイガーが史上最年少でマスターズ初優勝を遂げる。その頃、マスターズをよく取材していた。「とんでもない時代がやってきた」とジャンボはもらした。
タイガーのコワいもの知らずの目、そしてジャンボの虚ろな目が今でも印象に残る。タイガーは天才ゆえか、未曾有の女性スキャンダルを起こすことにもなるのだが。
映画館ですっかり顔なじみとなった60歳代の男性は言った。「これでモーツァルトの人となりがわかった。圧巻はふたりの狂気の目。ぼくはサリエリの目のほうがこわかった」と。
そうなのだ。サリエリがモーツァルトに未完成の『鎮魂歌(レクイエム)』の作曲を促すシーン。才能を、血を、最後の一滴まで絞り出せと強要するような迫力がサリエリにはあった。それは殺人者の狂気の目である。
「アマデウス」
製作国:米、日本公開:1985年。原作はブロードウェイで公開された舞台『アマデウス』。映画化にあたり舞台の脚本家自身が映画用に書き起こした。第57回アカデミー賞作品賞など8部門を受賞したほか、英国アカデミー賞など数々の賞を受賞。テンポ、映像、音楽、配役など、総合的な完成度が非常に高く、傑作と称される作品である。
(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」
公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=AMADEUS © 1984 The Saul Zaentz Company. All Rights Reserved.
『光と影。妥協なしのプロの技~第三の男(1952年)』
映画史に残る名シーンが次々に現れる。観覧車や下水道のシーン、ヒロインが主役ホリー(ジョセフ・コットン)に目もくれずに並木道を立ち去っていくラストシーン。ただ何度目かの観賞とあって、じつは途中で眠りそうになってしまった。モノクロ画面での夜のシーンがおおく、アントン・カラスのチターの演奏も心地よいからだった。
もちろんキャロル・リード監督の傑作サスペンス映画だから退屈はしない。あの有名なシーンではハッと目が覚める。深夜。路地裏の影から、怪優オーソン・ウェルズ演じるハリーの顔がパッと浮かびあがるところだ。
不気味だ。目がコワい。無言で口元をゆがめ、ニヤリと笑う。ハリーは生きていた。その姿にホリーが驚く。スクリーン前のこちらもたじろく。
この迫力。どこか大相撲の怪物、元横綱北の湖(前日本相撲協会理事長)に似ている。彼の現役時代、よく眠い目をこすりながら、三保ケ関部屋の朝げいこを取材した。最後に横綱は静かにけいこ場に現れる。その瞬間、眠気が吹っ飛んだものだ。
憎らしいほど強いと言われた北の湖。「倒した相手が起きあがる際に手を貸さず、背を向けてさっさと勝ち名乗りを受ける」という、ふてぶてしさが好きだった。それがプロの勝負士というものだ。
北の湖同様、ワザへのこだわり、ここぞの集中力、不断の努力がオーソン・ウェルズからも見てとれる。妥協がない。表情や手足の巧みな動きがいい。とくに逃走中、下水道のマンホールの蓋のすき間から突き出た両手の指のタコの足のような動きは圧巻だった。
妻と一緒に観賞した49歳の男性は言った。「ストーリーの展開がゆっくりだった。でも場面の印象が強烈でした。ウェルズが逃げる下水道のシーンはドキドキした」と。
第二次世界大戦後のウィーンの街の荒廃ぶりがよく出ている。光と影の巧みなコントラスト。影があるから、光の部分がより輝く。野球賭博で揺れる角界もまた、似たようなものなのか。
「第三の男」
製作国:英、日本公開:1952年。第二次大戦直後のウィーンを舞台にした傑作サスペンス映画。映画史に燦然と輝く名作として知られ、第3回カンヌ国際映画祭ではグランプリを獲得し、アカデミー賞では撮影賞(白黒賞)を受賞した。
(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」
公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=© Studiocanal
『セリフはパスサッカーの如し~カサブランカ(1946年)』
まったくお洒落である。役者もストーリーも音楽も。男だったらハンフリー・ボガードに、女の人ならイングリッド・バーグマンに自分をだぶらせたのでないか。
なんといってもセリフがいい。その呼吸は、サッカーのワールドカップ(W杯)優勝のスペインの華麗なパス回しの如しである。リズムと美しさにこだわる。ボガードの言葉はスペインのエース、イエニスタのパスみたいに緩急、長短、角度をつける。ここぞという時には鋭いシュートを蹴りこむ。
反ナチの闘士の妻、イルザ役のバーグマンのそれは、スペインの得点王、ビリャの急加速ドリブルみたいにストレートである。ボガードもバーグマンもパスサッカー同様、意外性や柔軟性(=ウイット)にも富むのだ。
例えば、ドイツ将校から「ナショナリティ(国籍)?」と聞かれて、アメリカ人リックに扮するボガードは真顔で答える。「ドランカード(酔っ払い)」と。クスッとくる。
ものすごく有名なセリフだけれど、やはりボガードのこのやりとりはいい。
「昨夜、何していたの?」
「そんな昔のことは忘れたね」
「今夜、会ってくれる?」
「そんな先のことはわからない」
ハードボイルドの極致である。東京都練馬区の仲良し3人組の女性は言った。「名作中の名作。もう全部、カッコいい」(60歳代)。「バーグマンはほんと、キレイ。知的で気品があり、愁いを帯びた瞳が麗しい」(40歳代)。「笑いもある。モノクロ映像も音楽もノスタルジーをそそる」(50歳代)
たしかに「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」のメロディーはいい。黒人ピアノ弾きのサム(ドゥーリー・ウィルソン)の声が心に染みいる。警察署長(クロード・レーンズ)のおとぼけも絶妙のスパイスとなっている。
これが半世紀以上も前の映画、しかもすべての撮影がハリウッドのセットとは。見終わると、スペインサッカーに酔いしれたような、高揚感が胸に残る。どこかでシャンパンを飲みたくなった。
「カサブランカ」
製作国:米、日本公開:1946年。1943年のアカデミー作品賞・監督賞・脚色賞を受賞した、アメリカ映画史に名を残すラブロマンスの傑作。ハンフリー・ボガードはこの作品でハードボイルドキャラクターが定着。そのスタイルは多数のフォロワーを生み出し現在に至っている。
(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」
公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=CASABLANCA © 1942 Warner Bros. Pictures. All Rights Reserved.
『圧倒的な笑顔におののく~ワイルドバンチ(1969年)』
なぜ、これが名作映画なのだろう。狂ったように人が殺されていく。そして、男たちがよく笑う。とくに性格俳優のアーネスト・ボーグナイン扮するダッチが大口を開けて、ガハハハと哄笑する。
まるで獅子舞の獅子か、「泣く子はいねえがー」のなまはげか。あるいは鬼瓦みたいでこわい。意味不明の不気味さがあるのだ。
ボーグナインの顔といったら、太い眉毛が両方つながっている。眉間には深いしわが3本、刻まれている。歯にはすき間がある。これで笑うのだから、ちっとも脳裏から消えてくれない。殺戮シーンもかすむのだ。
「正直言って、何を伝えたいのかがわからない」と、36歳の男性は漏らした。「子どもも女も、死んで死んで死にまくる。印象に残るのは役者たちの暑苦しい表情。ま。メキシコの強烈な暑さと光もよく出ていた」
なるほど、やはり顔である。時として、笑顔は怒った顔よりゾッとする。そういえば大相撲の朝青龍の笑顔が忘れられない。以前、けいこ場の取材中、横綱は高見盛にプロレス技を連発し、ふざけてメガネまでぶっ飛ばした。そして、「どうだ」とばかり、仁王立ちして大笑いしたのだった。あれはホント怖かった。
下積み時代の努力、天より与えられた才能、さらには泣きごとを言わないプロ根性。それらが束となって、無敵の横綱も、アカデミー賞主演男優賞男のボーグナインも誕生したのだった。だから存在感もハンパでないのだ。
悪党のリーダー役のウィリアム・ホールデンも、他の配役の役者も顔つきが激しい。アップショットは効果的だ。スローモーションも悪くない。メキシコの燃える太陽、荒野の砂埃っぽさ、べたつく汗はよく撮れている。
あえて言えば、武器強奪を成功した後、5人がバーボンを手渡しでラッパ飲みするシーンが好きだ。豪快な笑いのどこかに絶望の気配がフッと、におう。そして無差別殺人には閉塞感を打ち破る痛快さも感じる。そんな心の内を照らし出すところが、名作たるゆえんということか。
「ワイルドバンチ」
製作国:米、日本公開:1969年。過激な暴力描写や滅びの美学を描かせれば右に出る者はいないサム・ペキンパー監督による西部劇の傑作。その完成度の高さから「西部劇に終止符を打った作品」とも呼ばれている。
(「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」
公式HP:http://asa10.eiga.com/)
写真=THE WILD BUNCH © 1969 Warner Bros.-Seven Arts. All Rights Reserved.







