立ち読み週刊朝日

「愛欲生活15年」の全真相(上)

オウム平田・斎藤容疑者、布団1組・鍋1個

週刊朝日2012年01月27日号配信

昨年大晦日に出頭したオウム元幹部の平田信容疑者(46)と一緒に、17年も逃亡生活を続けた元オウム信者の斎藤明美容疑者(49)が1月10日、警視庁に出頭し、犯人蔵匿の容疑で逮捕された。職場で「マドンナ」と称された彼女は、かたくななまでに異性を拒んでいたという。2人の「秘められた暮らし」の軌跡を追った。


 正月気分も覚め始めた1月6日昼過ぎ、「吉川祥子」はいつものように、大阪府東大阪市内の弁当屋にいた。注文したのは、390円の天丼に210円の「手づくり玉子(たまご)焼き」。だが、これが最後の注文になった。

 弁当屋の店長が語る。

「年末年始をお休みして、最初に来たのが1月6日やったと思います。普段は割りばしをいらないって言うのに、このとき初めてハシを求められた。弁当と別におかずを付けたのも初めてや思うし、何よりも弁当はこれまで2人分だったのに、1人分だったのは初めてなのでよく覚えています」

 弁当は、1人分でよかった。彼女が17年連れ添った相手はもう、そばにはいない--。その4日後、彼女は警視庁大崎署に出頭し、約17年ぶりに本名の「斎藤明美」を名乗った。

 明美容疑者と平田信容疑者が大阪へやってきたのは15年前のことだ。

「大阪では3カ所に、最初は1年あまり、次は7年、その次は7年と計15年、住みました。仲居、喫茶店員、事務員などの仕事をしました」(明美容疑者が滝本太郎弁護士を通じて発表したメッセージ)

 うち14年は東大阪市で暮らし、「吉川祥子」は十数年前、同市内の整骨院でアルバイトとして働き始め、2000年夏に正規の従業員になった。

 勤務日には整骨院から昼食手当1千円を支給され、平田容疑者の分と2人分の弁当を買っていた。冒頭の弁当屋に明美容疑者が現れるようになったのは約5年前で、平日の午後2時前後にほぼ欠かさず通っていた。定番は唐コロ弁当(390円)と、のり弁当(290円)の組み合わせだった。

◆家賃を引いて給与は月20万円◆

「毎日のように買うから、好っきやなぁと思うてた。割引のサービス券をうまく使い、スタンプ五つでお茶をよくもらっとったな。そういえば割引フェアのときに天丼を頼んだこともあるし、親子丼を2カ月ほど限定発売したときは親子丼とノリ弁のセットばかり。親子丼がなくなって唐コロ弁当に変わり、昨秋からは唐コロ弁当となぜかライス二つを毎日のように頼んどった」(店長)

 明美容疑者はポシェットを斜めがけにし、封筒のカネをスタンプカードと一緒に出し、整骨院の名前で領収書をもらっていたという。

 東大阪に長年、身を隠せたのには理由がある。

 明美容疑者の正体を知らない整骨院の院長は、「吉川祥子」名義の健康保険証、厚生年金の手帳を取得し、手渡した。

 明美容疑者と接見を続ける滝本弁護士はこう言う。

「住民票もないのに、東大阪市から健康保険証と年金手帳を支給され、本人もビックリしたと話していた。年金は将来、もらうこともないだろうと思い、手帳は捨ててしまったようだ。しかし、健康保険証は保険料を支払い続け、病院へ行って診察を受けたり、薬をもらうなどしていた」

 さらに7年前には、整骨院が借り上げた高級ワンルームマンション8階の部屋を社宅として与えられた。

 家具は必要最低限で、人からもらったという14型のブラウン管の古いテレビ、パソコン、台所には冷蔵庫、鍋一つ、フライパン一つ、数枚の皿とスプーン三つ......などだった。

 顔見知りの弁当屋のベテラン店員は、近所のスーパーで一人、買い物している明美容疑者の姿を目撃したこともあった。

「夜はちゃんと家で作るんやなと思いました」(店員)

 給与は家賃などを差し引いて月20万円近くで、現金で手渡されていたという。安定した仕事、住居は、逃亡を続ける女性に心の余裕を与えたのだろうか。

 整骨院近くの化粧品店の50代女性店主は言う。

「マジメでええ子やったなぁ。誰もが言うやろ。言葉遣いが丁寧で上品やった。お年寄りには優しくて、よく外でも声をかけとったで。色白で細くて背が高く、いつも薄い化粧なのに、手配写真よりもずっとキレイやった。肌が弱いって言うて、ファンデーションなどの基礎化粧品はコーセーを選んどったな。白衣姿のまま自転車で通勤しとって、昼休みにも昼食のために自宅に帰っとった。シンプルな生活やったで」

 整骨院の利用客でもある女性店主が続ける。

「初めは事務の仕事やったけど、そのうちマッサージの資格を取ったんか、患者のマッサージもしとった。院長の診察があると追加料金がかかるから、あの子のマッサージだけ受けて千円払って帰る人も多かった。これがまた上手でな、私も『待つから吉川先生、お願いな』と彼女を指名しとった。院長は男やから強すぎる。彼女のほうは細いなりに力はあって、これがツボによく入ってくるんや」

 明美容疑者は月曜日から土曜日まで働いていた。午前の診療が終わるのは午後2時ごろ。午後の診療は午後4時に始まり、終わるのは夜10時前後だった。

「あの整骨院は15年くらい前に開業し、院長は40代前半。地元の老人でめちゃくちゃはやっとるけど、今は鍼(はり)の先生と吉川先生とアルバイトのオバハンとで回しとる。以前は若い子もいたんやけど、拘束時間が長いから辛抱できなくて辞めてくんやね。そこで吉川先生は10年以上も働いとる。群馬出身で『実家の父親の具合が悪いから年末は休む』と言ってはったけど、こんなキレイで頭のよさそうな子が、こんな田舎でなんで働いとるんやろ、とはみんな不思議に思っとったなぁ」(別の客)

 近所に住む商店主の40代男性はこうも振り返る。

「確かにあの子は整骨院のマドンナで、ファンはごっつ多かったで。自分でマッサージを学ぶくらいなんやから努力の人やろし、標準語の女の子は珍しいから、地元のジジババは『相手を紹介しようか』って絡む。院長も独身やったから、お年寄りたちに『ふたりで付き合うたらええやん』って突っ込まれることも多かったな。院長は『タイプちゃうって』と返し、吉川先生は『私は男はコリゴリなの!』と頭を振っとった」

 異性をかたくなに拒む明美容疑者の姿勢は服装にも表れていた。私服のときはめったにスカートをはかず、ユニクロで売っているようなベージュのチノパンにTシャツ姿。髪は茶色に染め、ずっと三つ編みにして、銀縁の細長メガネをよくかけていたという。

 そして、近所ではこんな噂(うわさ)も広まっていた。

「実は彼女がやってきたころに『夫からの家庭内暴力に遭い、警察のアドバイスで逃げてきた』と噂が流れた。最初は彼女が誰かに言うたんやと思う。それで周囲も深く事情を突っ込まんほうがええということになった。『コリゴリ』と言われると、『本当に苦労してきたんやな』と思うやん」(前出の商店主)

 ほかの男を拒む言動や行動、噂--これは、平田容疑者への愛の深さの裏返しにも見える。

 少し、鼻にかかった遠慮がちな話し方をする控えめな平田容疑者に明美容疑者は昔から淡い恋心を抱き、「教団で知り合ったときから平田をずっと尊敬していた」と語っている。95年5月ごろ、平田容疑者から「2人でここを出よう」と声をかけられ、一緒に行動するようになった。

 平田容疑者の暮らしぶりについて、明美容疑者は滝本弁護士にこう話している。

「平田は私が知る限り、住まいの移動のとき以外、一切外に出ませんでした。警察や周囲の人に気付かれそうになるとすぐ移動しました。家で彼は結構、洗濯、料理をしてくれていました。麻婆豆腐、カレーが得意でした。日中はテレビを見たり、パソコンをしたりしていました」 

【(下)へ続く】